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道化師たちのリビドー Re boot

Libido of clowns
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04.05.23:47

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04.12.21:51

評価

社会人になってから――生まれてから、常にと言うべきか。
他人との比較であったり、自己の評価であったりと、
ランク付け、評価される世の中にいる。
人気ランキング、成績表など形態は違うにしても全て評価されての結果だ。

人の心は好奇心や向上心といった欲で溢れているのだから、このシステムは未来永劫なくなる事はないと思う。
ただ、このシステムには問題がある。
それは評価する立場の人間。
学生なら教師、社会なら上司、家庭なら親。
評価する立場に見合った人間か、どうかが非常に大事ではないか。
尊敬している人物ならば、どんな評価も重く受け止められるが、
そうでない人物であった場合、自分に対する評価が賛美であれ中傷であれ、心に響く事はない。

人には相性があるのだから当然といえば当然。
私だって例外ではない。
あまり良く思っていない人物からの注意は勿論だが、日常会話も出来れば遠慮したいと内心思っている次第でして。
もし中傷なんか受けようものなら
「アンタに言われたくねーよ」と返してしまいかねない。

ただ、そんな時に思い返す言葉がある。
「他人を馬鹿にする輩は、自分の愚かさに気付いていない」
この言葉の中にある「自分」とは馬鹿にしている輩でもあり、
また馬鹿にされて憤っている自分でもある。

他人は他人。自分は自分。
この考えをなくしてしまって、ただ評価を元に生きるのはカッコ悪いと思うのです。

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