04.10.21:39
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08.20.23:59
マルボロの箱をチラつかせて、煙草を吸いに向かう。表現したいことは未成年にも関わらず、喫煙者であることと、どんな銘柄の煙草を吸ってるかだった。最初は入ってきた煙を肺は拒絶する。煙草の欲に駆られて吸う人なんていない。煙草を吸うきっかけって格好つけるためだった。それが格好いいと思ってた。のちに、辞めることがどれほど大変なのかも知らずに……。不健康だなんて大歓迎だった。 セックス・ピストルズを聴いた。荒削りだなんて思わなかった。無茶をすることが格好いいと思った。ナイフで自分の体を傷つけるのなんて最高と思った。ドラッグで体が蝕んでいる人のことを聖人だと思った。それでも不健康だなんて無縁のキーワードだった。 飲み干した瓶ビールをテーブルに並べてみる。表現したいことはどれだけ酒に強いかってことだった。最初は胃すらアルコールを拒絶する。酔っ払いに魅了されて、アルコールを飲み始める人なんていない。数十分後にすべて吐き出してしまうことは酔ってても理解している。明日の朝には胃痛に苦しむのも分かってる。二日酔いが怖くて、酒なんて飲めない。不健康な生活が美しく思えてた。 不健康が美しいという図式が間違っているということは、自然界をみればすぐにわかる。クジャクの羽根、シオマネキの片手、鳥の囀り、蟷螂の健康な体、交尾に必要な条件だ。健康体が優れ、選ばれる。
「タバコは吸わない、酒はたしなむ程度、夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠をとるようにしている……。寝る前にはあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡さ……。赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝、目をさまさせるんだ……。健康診断でも異常なしと言われたよ」
吉良吉影
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08.18.21:42
先日、久しぶりに花火を見に行ってきた。広島でも一、二を争う規模の「宮島水中花火大会」である。以前から、とんでもなく人がすごいというのは噂に聞いていたが、とんでもない人だった。
まず、早めに着いて、宮島観光。厳島神社を眺めながら、いくつかあるお寺を巡る。この時点で人は多いのだが、夕方辺りから極端に人が増える。道もスムーズに通れない程である。 花火が始まろうかというぐらいの時間には、どこもかしこも場所取りのビニールシートだらけ。そうでない人も道を占領している。海岸線にはビニールシートに人に人。道脇には露店に人に人。溢れ返った人口。小さな島のあり得ない人口密度。きっとこの島も悲鳴を上げている。 島を渡らなくても、花火は見えるのだろう。 花火が始まる時刻、なるべくフェリー乗り場から近い場所に移動した。そして、花火が始まると、フェリーに乗ろうと移動した。大勢の人が花火をゆっくり見ているのに、フェリーに急ぐことがマイノリティーじゃないことに、すぐに気がつく。考えてるやつもたくさんいるってわけだ。このままだと、帰れない、もしくは帰るのにとんでもない時間がかかるということを。そして、フェリーの上から花火を眺めようということを。 それでも絶望感があった。人混みがまったく進まない。もう少しでフェリー乗り場なのに……。暗がり、人の熱気、渇いたのど、塞がれた四方八方。 それでも、なんとか人でいっぱいのフェリーに乗ることができ、船の上から花火を眺めることができた。 二回目の絶望が襲ってくる。フェリーから降りると、目の前がJRの駅なのだが、案の定、人の海。人の海を渡るフェリーなんかどこにもないってことだ。進まない暗い行進、倒れる人。他人の汗の匂い。振りほどくストール。 これは水中花火なんだ。何故、水中なんかって考えてた。水上でいいじゃないか。でも、見たらすぐに理解した。水面スレスレで花火が上がる。水面に咲く花のように。これは宮島に渡らなきゃ見れない。来てよかったと思った。もちろん、高々と打ち上げられた花火もある。 振り返ると、空と水面で花が咲いている。勿論、来年も見たいと思う。喜んでる笑顔を。 |
